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待機者の為の移植塾 無事終了 [東京女子医大 移植者の会]

最近、仕事が忙しくすっかり更新サボり気味ですが、
10月21日(日)に実施した「待機者の為の移植塾」の報告です。

当日いきなり司会に抜擢された私の拙い挨拶から始まった訳ですが
その後は尾本先生から「移植のいろは」というテーマで
移植に関する基本的なお話をして頂きました。
とても分かりやすいお話でした。


<尾本先生の講演風景>

続いて、岡部看護師から、「移植前、移植後の注意点」のテーマで
ドナー、レシピエントそれぞれについて、生活面の説明や注意点、
また移植した患者の手記などを発表して頂きました。


<岡部さんのお話。時折笑いもあり楽しかったです>

最後に、体験者からのお話という事で、ドナー、生体腎移植者、献じんからの
移植者の方それぞれにお話を頂きました。


<献じん移植体験者の鈴木さん。>

上記3つのセッションでしたが、移植待機者の方にとってはかなり
有意義な会だったのでは?と自負出来るものだったと思います。

最後はいつもの通り懇親会を開催。

尾本先生始め、岡部さん、また東大からも移植関連の先生に
参加して頂き、本当に大成功だったと思います。


<懇親会は天狗にて開催。尾本先生も参加して頂きました>

さあ、後今年は栃木県でのカード配布活動(兼懇親旅行)と
会報発行(ついに20号です)を残すのみとなりました。

会報はカラー版を予定していますので
お楽しみに。

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東京女子医大 移植者の会(あけぼの会)の活動より
http://www.geocities.jp/akebonokai2000/






透析の思い出(トラブル編) [東京女子医大 移植者の会]

すっかり更新をサボってしまいましたが、引き続き透析ネタで。

私は1990年~1995年までの丸5年、透析をしました。
導入は地元の東北大学。
ここでは3週間程度の透析だったでしょうか?

とにかく早く社会復帰(といっても当時大学3年生でしたが)したくで
早めに導入して退院し、江戸川橋の透析施設へ通院する事になりました。
その後の2年間は学校から歩いての通院。
徒歩15分ぐらいだったと思いますが、5限が終わってからだと
ギリギリの時間。大変でした。

この時代のトラブルでは2つが思い出深いです。

1.肺水腫で歩けない!

透析1年目の夏でした。(まだ1週間に2回の透析でした)
当時私はエアコンも無いボロアパートにひとり暮らし。
夏バテ?で食欲はなかったのですが、結構水分を取ってしまったようで
肺水腫になってしまいました。
とにかく咳が止まらず、特に寝るときはひどくて、寝られないほどでした。
結局歩くことも出来なくなり、タクシーで病院へ。タクシーを降りてからも
歩けず、車いすで病院へたどり着きました。
結局ドライウェイトから5kg除水してなんとかなりましたが、
これを機会に週3回の透析となってしまいました。

教訓:ドライウェイトは病院任せにせず、自己管理を!

2. 心臓爆発!

これは透析終了時の血液返しの時の事故。
ヘパリンを注入して最後の血液を返すとき、チューブを見ていると
一部空気が入っている事があると思います。
技師の方はよくこれを指ではじいて、空気が入らないように
していると思いますが・・・・。
そう、これが入ってしまったんです。
その瞬間に心臓に「ドン」という衝撃が走りました。
一瞬何が起こったのか分かりませんでした。
その後、急激に咳が止まらなくなりました。
(この場合、咳が出た方が良いそうです)

急遽帰宅した主治医をポケベルで呼び出したようで
30分後に診察に来てくれました。
幸いにしてしばらくして咳も止まり何もありませんでしたが、
結構怖かった体験でした。

教訓:チューブの空気には注意しよう!

皆さんは如何でしょうか?


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