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東京女子医大 あけぼの会のHP [東京女子医大 移植者の会]

今回は完全に宣伝です。

東京女子医大 あけぼの会(移植者の会)のHPがあります。
あけぼの会は会員数(350名以上)と、1病院の患者会では日本最大の
患者会です。(多分)

8年以上前に発足し、活動規模を広げながら役員一同頑張っていますので
一度HPへもお越し下さい。

http://www.geocities.jp/akebonokai2000/

感想などは掲示板に書き込んで頂けると幸いです。

みなさん、よろしく!!


ドナーの会(6/9) [東京女子医大 移植者の会]

私は腎臓移植患者ですが、腎臓は母親からもらいました。
もちろんとても感謝しているのですが、月日が経ち、普通の生活を送るに従い、
徐々にドナーの体調に気を配る機会もなくなってくるものです。
そんな中、6/9(土)にドナーの会 準備会を開催しました。

もちろん目的はドナーになった方の情報交換や、これからドナーに
なる予定の方への情報提供です。

腎臓移植に関する情報もインターネットの発達で以前よりは多く目に触れますが
やはりまだまだ不足しています。ドナー側の情報になると、10分の1以下では
ないでしょうか?

10年以上前は、ドナーになる人は30cmも切るのが一般的でしたが、
今は5cmぐらいで済むような術式が普及しているのです。
1週間で社会復帰している人もいます。
こういう情報はインターネットもあまり出ていません。

それと血液型。
移植する患者とドナーは血液型が違うと出来ないと思っている方、いませんか?
そう、私も以前はそう思っていましたが10年以上前から
血液型違いでも移植は出来るのです。
親子や兄弟ではなく、配偶者から腎臓をもらう事も出来ます。
(配偶者からの腎臓提供のケースでは十分な調査が必要ですが・・・)

今後はドナーの方中心でこのような情報発信をして行くことになりますので
私たちも協力して行く予定です。正確な情報が広まる事を切に願っています。

 


新緑の北東北地方 [others]

ちょっと前の話になりますが、久しぶりに秋田県十和田へ出張に行ってきました。
ここは私が勤務している会社の協力会社で、オーディオや電子機器製品を作っているのです。

まあ、今回は仕事の話は置いておいて、新緑の北東北地方について簡単に。

5月後半、東京駅から盛岡へ新幹線で移動。広がる景色は徐々に田園風景になりますが、
同行した人が言うには、「これが日本の原風景だよね~」「良い景色だね~」と
私に取っては今まであまり感じた事の無い表現。これが当たり前だと思ってんですね。
(もちろん、新緑の東北地方は良い感じです!)

途中から確かにそうだな~~と思っている内に盛岡へ到着。
ここからは青森行きの長距離バスにのって1時間半。
宿泊する旅館へ到着。

この旅館、大湯温泉というところにあり、今までも何度か泊まった事があるのですが
露天風呂が岩風呂と檜風呂と2種類楽しめてとても良いところなのです。
(時間で男女交代制です)
一度雪が降る中で入った事があり、とても風情があって感動した事もあります。

紅葉の時期はとても混雑するので行かれる方は早めに予約して下さい。
あ~また行きたいな~~

龍門亭千葉旅館


私と腎臓病(その3) [東京女子医大 移植者の会]

大学3年生になったばかりの春、東北大から一本の電話。
数日前に検査した結果がかなり悪く、入院の必要があるとの事。
もう透析導入が近いらしい。

とりあえずいつでも透析出来るよう、血管の手術(シャント作成)を実施。
普通の人はここからなんとか透析をしないように粘るらしいが、
既に2浪している身、これ以上人生遠回りは出来ないという事で
あえなく降参。早期の社会復帰の選択をしました。

退院後大学の近くの透析病院に3回通う毎日。
それは就職後も続きました。

でも学生と社会人はやっぱり違う・・・・
仕事を徐々に覚えて来ると、もう少し頑張りたい気持ちが出てきて
(今そんな気が俺にあるか??)移植を決意。
母親が提供してくれるとの事で、迷わず東京女子医大を選択しました。

お陰で無事手術も成功し、もう12年。至って元気です!!


私と腎臓病(その2) [東京女子医大 移植者の会]

高校はアマチュア無線部。いや~地味ですね、この部(笑)
まあ、それは置いておいて、腎臓の方は特に何の変化もなく
投薬のみの治療。

「そろそろ入院して検査してみよう」
との主治医の言葉で3年生の夏(中間テスト後)に検査入院しましたが結果が最悪(T_T)
蛋白尿が1日に13グラムも出ていることが判明。
普通なら倒れて救急車で運ばれている数字です。
「君の体は丈夫に出来ているよ」との医者の慰め?も空しく、
そのまま入院延長。太田先生を知ったのは多分この頃だと思う。

人工透析・腎臓移植の権威として全国に名を馳せていたのです。

結局高校はギリギリで卒業。もちろん浪人生活。
1年の受験勉強を経てめでたく合格!
と行きたかったのですが、あえなく玉砕。もう1年頑張りました。
でも大学生活でも腎臓病はもちろん続くのです・・・・。


私と腎臓病(その1) [東京女子医大 移植者の会]

私の腎臓が悪いと分かったのは小学校1年生の時、
そう、学校の健康診断で蛋白尿が出ていたのです。
でも+1程度だったので、年に何回かの検査を受けるだけで
通常と同様の生活を送っていました。

それが一変したのが中学校1年の終わり頃。
尿蛋白が+3まで出ていることが分かり、体に負担の掛かる事には
ドクターストップとなっていました。

当時私は部活がブラスバンド部でトランペット吹き。
運動部ではなく、文化部ですが、ブラスバンド部は
「文化系 運動部」と言われるほど体力がいるのです。
実際に学校の周りを何周も走ったり、今で言うと楽天本拠地の
フルキャスト宮城の周りを走ったり・・・。腕立て腹筋も毎日。

こりゃ、無理です。

また当時ボーイスカウトにも入っていて、良く山登りやキャンプ
やっていたのだけど、これももちろんダメ。

代わりに部活は合唱部。男子が居なかったので重宝されました(笑)
ちなみに合唱部は県大会で優勝に次ぐ成績!
こっちも結構体力使ったような気がしますが・・・・


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