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透析の思い出(トラブル編) [東京女子医大 移植者の会]

すっかり更新をサボってしまいましたが、引き続き透析ネタで。

私は1990年~1995年までの丸5年、透析をしました。
導入は地元の東北大学。
ここでは3週間程度の透析だったでしょうか?

とにかく早く社会復帰(といっても当時大学3年生でしたが)したくで
早めに導入して退院し、江戸川橋の透析施設へ通院する事になりました。
その後の2年間は学校から歩いての通院。
徒歩15分ぐらいだったと思いますが、5限が終わってからだと
ギリギリの時間。大変でした。

この時代のトラブルでは2つが思い出深いです。

1.肺水腫で歩けない!

透析1年目の夏でした。(まだ1週間に2回の透析でした)
当時私はエアコンも無いボロアパートにひとり暮らし。
夏バテ?で食欲はなかったのですが、結構水分を取ってしまったようで
肺水腫になってしまいました。
とにかく咳が止まらず、特に寝るときはひどくて、寝られないほどでした。
結局歩くことも出来なくなり、タクシーで病院へ。タクシーを降りてからも
歩けず、車いすで病院へたどり着きました。
結局ドライウェイトから5kg除水してなんとかなりましたが、
これを機会に週3回の透析となってしまいました。

教訓:ドライウェイトは病院任せにせず、自己管理を!

2. 心臓爆発!

これは透析終了時の血液返しの時の事故。
ヘパリンを注入して最後の血液を返すとき、チューブを見ていると
一部空気が入っている事があると思います。
技師の方はよくこれを指ではじいて、空気が入らないように
していると思いますが・・・・。
そう、これが入ってしまったんです。
その瞬間に心臓に「ドン」という衝撃が走りました。
一瞬何が起こったのか分かりませんでした。
その後、急激に咳が止まらなくなりました。
(この場合、咳が出た方が良いそうです)

急遽帰宅した主治医をポケベルで呼び出したようで
30分後に診察に来てくれました。
幸いにしてしばらくして咳も止まり何もありませんでしたが、
結構怖かった体験でした。

教訓:チューブの空気には注意しよう!

皆さんは如何でしょうか?


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